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第三回「ソーシャルメディアとそこで出会った全てのものに"ありがとう"を言うために」

2010年は日本国内でも「ソーシャルメディア元年」と呼ばれ、Twitter、Facebookその他多くのサービスに注目が集まりました。かくいう私も、Twitterを通して多くの素敵な「人」や「言葉」に出会うことが出来ました。

その中でも自分が多くの勇気と感動を貰うキッカケとなったスティーブ・ジョブズ伝説のスピーチを取り上げられた「奇妙な国日本で、これから社会人になる人達へ」というASSIOMAの大元隆志さん(@takashi_ohmoto)のエントリ。
そして、つい昨日TECH SE7ENのイイヅカアキラさん(@aixca)が書かれた「多くの人に感銘を与えた伝説のスピーチ5選」というエントリの中の「ランディ・パウシュ 最後の授業」という動画。
この二つにインスパイアされた形で、これから社会人になる皆さんや、僕と同じ世代の皆さんに向け、ランディ・パウシュがカーネギー・メロン大学の卒業生へ向けて行ったスピーチをご紹介したいと思います。

大学を卒業し、これから社会人になる皆さん、そして新しいチャレンジに踏み出そうとしている僕と同じ状況の皆さん。少しでも多くの方にランディ・パウシュの言葉に触れていただき、何かを感じてもらえればと思います。

    ランディ・パウシュ 卒業生への言葉

    今日ここにいる事を嬉しく思います。まあ、どこだって嬉しいことに変わりはないのだけれど。
    コーン学長に、卒業生たちを胸いっぱいにしてくれと言われましたが、皆さんの拍手で、私の方が胸いっぱいです。

    ここは素晴らしい場所です。私は今まで様々な立場からそれを見てきました。
    あるときは入学し損ねた生徒として。その後で招ばれ、こう言われました「よろしい、入学を許可しよう」と。そして、それから数年後には教える側として迎えられ、誰もが望むようなチャンスを与えられました。即ち、"夢中になって何かに打ち込む"チャンスです。

    この大学が、他に例を見ないくらい素晴らしいところは、誰もそういう人の邪魔をしないことです。これは素晴らしい事です。学びの場を人が愛する。それも最高のレベルで。私はこの場所を愛して止みません。コーン学長をはじめ、皆さんが見せてくれた"優しさ"に心から感謝しています。

    去年の8月、私は、おそらく余命3~6ヶ月だろうと告げられました。あれから9ヶ月が経ちます。もう腕立て伏せはしませんが...まぁこの後で少しバスケをしようと思っています。あるとき、余命の話を聞いた人が私にこう言いました。

    「へえ、じゃあ本当に死神をやっつけたわけだ」

    それに対し、私の口をついて出てきた言葉はこうでした。

    「長く生きることが死神に勝つ事じゃない、人生を充実させる事、フルに生きる事で決まるんだ」

    死は誰の人生にも必ず訪れます。大切なのは、生まれてから死ぬまでに、どう生きるかなのです。死神が来てからでは、いつか"するつもり"でいた事を、全部やり遂げるには遅いのだから。だからこそ、人生を充分に生きる為に私から皆さんにできるアドバイスがあります。まず第一に、これは私の大好きな決まり文句ですが...

    「死に際に後悔するのは自分のした事ではなく、自分がしなかった事である」

    という事。言っておきますが私はバカな事をたくさんしました。でもそんな事はまったく気になりません。数々の過ち、愚かな事、恥ずかしかった事も、どうでもいい。大切なのは、振り返って考えた時、こう言える事。

    「まぁ、面白そうなチャンスにはほとんど挑戦したかな」

    これは大きな慰めです。これにもう1つ付け加えるとすれば、この祝辞にいれるつもりはなかったのですが、私がふさわしいと思う言葉、それは「情熱」です。
    夢中になれる"何か"を見つけなければいけない。もう見つけた人も多いでしょうし、これから見つかる人も多いでしょう。30代や40代になるまで見つからない人も多いかもしれません。でも決して見つけるのをあきらめてはいけません。

    いいですか?あきらめた瞬間、あとは"死神を待つだけ"になってしまう。夢中になれる事を見つけ、それに打ち込むこと。私が人生で学んだ事があるとすれば、そのような"情熱"はモノの中にはないという事です。情熱はお金の中にもありません。モノやお金を持てば持つほど、それが基準になり、そして必ずもっとたくさん持っている人が現れます。だからこそ、内側から情熱が沸き上がる様な事を見つけるべきです。

    尊敬や栄誉を得るのは勿論良いことですが、仲間うちで心から敬意を持ってもらえる程度で充分ではありませんか。そして自分が尊敬する人から認められることも、すごく栄誉な事だと思います。夢中になれる事を見つける、これは私の経験から言えることですが、それが仕事でも、公の場の何かであっても、その情熱は人々の心に残るものです。皆さんの周りの人たち一人ひとりの心の中にも。もし、自分自身がこの世を去る時が来ても、彼らは皆さんと、皆さん自身の情熱を思い出すことでしょう。周りからの尊敬、情熱、そして真実の愛を勝ち取ってください。

    以前にも話しましたが、私は結婚を39歳まで待ちました。自分よりも、その人の幸福の方が大切に思えるような相手を見つけるのに、それだけの時間がかかりました。私は心から願います。皆さんにもそんな情熱が、そしてそんな愛が見つかるようにと。

昨年の秋の話ですが、30歳になった僕は、自分自身も今まで生きていた中で経験したことのない痛みを伴う病気にかかりました。幸い症状は治まり、今は全くなんともないのですが、早朝から突然、経験したことのない謎の痛みに襲われたとき、呻いて、脂汗が出て、どんな体勢になっても全く痛みが治まらず、もう本当に「自分で救急車を呼ぼうか」と思ったほどでした。
ちょうどその時期にTwitterでもつぶやきましたが、僕らが普段から何となく頭の片隅に思っていたり、好きな人と何気なく話をするような「自分たちが結婚し、子どもができ、いずれ老いて、死んでいく」という事。自分がおじいちゃんになって死ぬ...という事は、どこからか刷り込まれた思い込みなのだと思いました。全ての人が「自分がいつどのように死ぬか」なんてわからないんですよね。

そのことを自分自身が病気という経験を通して感じ、「自分が爺ちゃんになって死ぬなんていうのは単なる思い込みだ。やりたい事は、すぐにやらなければ!」と思いを行動に移そうと準備をし、更にはそれがある程度整ったタイミングで、このランディ・パウシュの言葉と出会ったんです。それはもう当然のことですが、涙が止まりませんでした(笑)。

冒頭で紹介をしたブログエントリに登場するジョブズも、そしてこのランディ・パウシュも、「自分が情熱を注げる"何か"を探し続けること」の大切さをスピーチの中で語っています。ジョブズは死に最も近い体験をしながら、今も健在で日々人々を魅了しています。そしてランディ・パウシュは既に他界されていますが、その「死」と向き合った最も近しいタイミングで多くの言葉と情熱を未来へ向けて残しました。

僕自身もこれから多くの挑戦をしていく中で、死を意識しながら生き、その原動力となる情熱に真っ直ぐに向き合ったこの2人の言葉を、自分の心に刻んで、毎日を過ごそうと思います。
こうした自分の人生に大きな力と勇気をくれる言葉との出会い、そのキッカケをくれた人たちとの出会いはソーシャルメディアと接する自分にとって、今までも、そしてこれからもかけがえのないものであり続けるはずです。だからこそ、出会った全てのモノに、その人たちとの出会いに、あらためて"ありがとう"を言いたいと思います。本当に「ありがとうございます」。
ランディ・パウシュが言ったように「自分よりも、その人の幸福の方が大切に思えるような相手」がもしいるのなら、(僕はまさしくその1人なんですが)自分なりの愛と感謝の気持ちを、今すぐその相手に伝えませんか。"後で"とか、"とっておきのときに"...ではなく、今この瞬間に。
これを読んでくれた皆さんの中で、1人でも多くの人が、そういう相手を見つけ"真実の愛"を勝ち取ることができますように!そして皆さんがいつか本当の"情熱"と出会うことが出来ますように!

PROFILE

渋沢生悟さん

渋沢生悟(しぶさわ しょうご)
NGO Freedomwing代表。
Web関連企業で働きながらNPO・NGO方面でも活動中。ベンチャー企業での経験が長く、紙媒体の制作、WEB制作、経営企画、CSR、WEB広告(主にSEM)を経験。NPO・NGOについては今年で4年目。元々は開発途上国の子ども達への支援(教育分野)と国内の地域活性化がキッカケ。現在は世界各国の紛争、現代史、政治哲学、国連etc...というようなキーワードで勉強中。チェ・ゲバラをリスペクトする30歳。家族は妻と娘1人。元役者で映画好き、元ゲーマーでゲーム好きという側面もありTwitterでのツイートはついつい話題が拡散しがち。

Bloghttp://freedomwing.tumblr.com/archive
twitter公式アカウント@CHE_SS
Facebook:Shogo Shibusawa


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